新しい季節のおとずれ
今日は梅雨の晴れ間で、良い天気でした! 今週水曜日の満月が皆既月食を起こすらしい。「蝕」と言えば「ベルセルク」。三浦建太郎先のご冥福をお祈りいたします。
26日、天気が良ければ、皆さん仕事帰りに空を見上げてください。18:45分から始まり、20時頃から皆既蝕となるようです。
土曜日の夕方の月、電線ツバメ、真新しいツバメの巣
占星術的には、蝕は新しい運気の訪れを表します。僕の周りでは、今年の3月下旬からの離職・入職を含めた年度末のゴタゴタ、開院5周年の医院機器やユニフォームの入れ替えなど、いろんなイベントが起きては、常に全力で解決しながら進んできましたが、ようやく一段落しそうな雰囲気です。そして、前回報告した自宅の洗濯機の故障の修理がようやく今日終わり、G.W.から続いてきた掃除シリーズもやっと終わりを迎えそうです。
風水的には、水回りの故障は、運勢を大幅にダウンさせるので、できるだけ早く改善しないといけないものです。店舗であれば、トイレやキッチンなどは、できるだけ完璧な状態を保たないといけません。家でもトイレ、洗濯機やお風呂も、本来ならばいつもピカピカにしておく必要があるのですが、なかなか手が回らないのが現状です。今回の洗濯機の故障は、器械の故障というよりは、排水管と排水口の故障でした。排水口に関しては、7年間の垢がこびりついていて、それを死力を振り絞って取り出せたのが嬉しいです! 長年の垢の写真(多分、子供がポケットに入れ忘れたティッシュが大半だと思う)
洗濯機が壊れたら、コインランドリーしかないか、と思っていたのですが、次男のアイデアにより、簡易洗濯機が開発されました。写真でお見せします。普段使っている脱衣かご、一つはプラスチック製のもの。もうひとつは金網製を組み合わせたら、手動の洗濯機に早変わりです。押し洗いして、かごを廻すとすすげます。頭いい! 今回、絞る・乾燥は器械が生きていたのですが、それもダメなら手絞りで、そのあと風呂場のカワックでも完成できます。
今朝は、修理の人が来るまで家の周りの掃除をしていたのですが、実に自然が豊かな顔を見せてくれました。「里山」と言う言葉がぴったりきます。城山の山裾に住んで7年以上経ちましたが、本当に自然豊かな街です。もうすこししたらホタルも飛びます。
写真は、咲き始めた紫陽花(アジサイの花って、咲いてからしか見たことない人多いのでは?この写真で、花びらが最初はカリフラワー状から始まることが分かります)山道で見つけたキクラゲ。もう少し背が高ければ、取って帰ってサラダにするのですが。ヤツデの新葉。馬酔木の白い花。(アセビは垢みたいな匂いします😢)
家のキンカンの木についていた、アゲハチョウの幼虫。小さいうちは黒い(鳥の糞に擬態)5令幼虫からは緑になって可愛くなります(葉っぱに擬態か)小さくても、大きくても、脅かすと先端からオレンジ色の触覚みたいなのを出します。青い幼虫のほうが、匂いがきついです。(山椒みたいな匂いで、悪くはない。)
生乾きで腐ったタオルは、雑巾の匂いとはまた違う、垢の匂いがする。その匂いは、乾燥している時にはおとなしいが、体を拭いて、水に濡れたら急に狂暴さを発揮する。そして、一度ついてしまったら最後、その日一日、そこはかとなく顔や髪が臭い気がして、気分が沈む。上からデオドランド製品をいくら振りかけて見ても、一向に消え失せず、数分の後にまた思い出したように皮脂の汚れをまき散らす香り。飲食店のゴミ箱、おしっこの匂いの染み付いたトイレのようなものか。
自分で洗ってみたら分かるのだが、手動の洗濯の汚れ落としには限界がある。今の時代、洗濯機が進化しすぎていて、新しい衣服は、ほぼ無臭によみがえる。これが約2年くらい、多分回数にして100回くらい洗濯すると、どうしても匂いが取れなくなる。限界と言えばそれまでだが、ある時を境に突然だめになってしまうため、まだまだいけると思ってしまうのだ。僕たち人間も、老いるということに関してはそうなのではないかと、選別されフライパンの油をぬぐい取る雑巾にする自分のTシャツの襟を嗅いで、ふと感じた。
さて、今日は最後に「匂い」に刺激されて、ついエッセイから小説のような文章を書いてしまいました。僕は人より鼻がいい。多分、「造り酒屋」とかやったら、少しはこの鼻も役立つかもしれませんが、普段は持て余しています。平安時代とか、体を洗わない時代に生きていたら、それはそれは辛い人生だっただろう。
今日の歌 真夏の夜の匂いがする by あいみょん